本人に見えている構図

人の行動を見るとき、私たちはつい、表に現れている出来事だけを見てしまうことがあります。
落ち着かない。
周囲とうまく関われない。
感情の出し方が強くなってしまう。
結果として、誰かを困らせたり、傷つけたりしてしまう。
そうした行動があったとき、もちろん、その行動自体への対応は必要だと思います。行き過ぎた行動は、行き過ぎていると伝えなければなりませんし、周囲の安全や安心を守ることも大切です。
ただ一方で、その行動だけを切り取って見てしまうと、本人が置かれていた状況や、本人に見えていた世界を見落としてしまうことがあるのではないか、と感じています。
以前、ある方から、ご家族にまつわる話を聞かせていただきました。
そのお子さんは、学校生活の中でさまざまな難しさを抱えていたそうです。周囲との関係の中でうまくいかないこともあり、ご家族も長い間、悩みながら向き合ってこられたのだと思います。
けれど、後になって、その子自身が学校での経験を文章にしたとき、そこには「自分はいじめられていた」という認識が書かれていたといいます。
その話を聞いたとき、私はとても印象に残りました。
周囲の大人が見ていた景色と、その子自身が見ていた景色は、必ずしも同じではなかったのかもしれません。
たとえば、周囲からすれば「見守り」や「注意を促すための関わり」だったものが、本人にとっては「監視されている」「告げ口されている」「自分だけが責められている」という構図として受け取られていたのかもしれません。
大切なのは、そこで何が客観的に正しかったのかをすぐに決めることではなく、その子にはその場面がどのように見えていたのかを知ろうとすることなのだと思います。
その子が認識していた構図を知ったとき、ご家族は初めて、その子が学校で感じていた生きづらさが腑に落ちたそうです。
私はこの話を聞いて、「その人が認識している構図を理解すること」の大切さを考えました。
表に出ている行動には、その人なりの背景があります。
不安や怖さ、不信感、孤立感。
うまく言葉にできなかった感情が、結果として不器用な形で表に出てしまうこともあるのだと思います。
もちろん、背景があるからといって、すべての行動が許されるわけではありません。誰かを傷つける行動は、やはり止める必要がありますし、別の表現の仕方を一緒に探していく必要があります。
ただ、そのときに、本人が「自分はどんな構図の中にいる」と認識していたのか、本人には世界がどう見えていたのかを理解しようとすることは、とても大切だと思います。
「それはだめだ」と伝えるだけでは届かないことがあります。
けれど、「あなたにはそう見えていたんだね」「その状況は苦しかったんだね」と受け止めたうえで、「でも、この行動は相手を傷つけてしまうから、別の方法を考えよう」と伝えることができれば、関わり方は変わってきます。
それは、行動を正当化することではありません。
その人に本当に届く言葉を探すための理解なのだと思います。
この考え方は、障害や困りごとを本人の内側だけにあるものとして捉えない「社会モデル」の考え方とも通じるものがあるように思います。
困難は、その人の特性だけから生まれるのではなく、その人と環境とのあいだで生まれることがあります。本人の感じ方や反応だけを見るのではなく、どのような環境に置かれ、どのような関係性の中で、どのような役割を背負わされていたのかを見ること。そこに目を向けることで、初めて見えてくるものがあります。
その子の場合も、「本人に難しさがあった」という見方だけでは捉えきれないものがあったのだと思います。本人には、学校という場がどのような構図として見えていたのか。その環境の中で、何に追い詰められ、何に傷ついていたのか。そこを見ようとすることが、支援や関わり方を変える出発点になるのだと思います。
そのお子さんは、環境が変わった今、以前よりも落ち着いて生活できているそうです。
このことも、私には大きな意味があるように感じられました。人は、本人の努力だけで変わるわけではありません。安心できる環境や、自分の感じ方を受け止めてもらえる関係性の中で、少しずつ落ち着きを取り戻していくことがあります。
ケアの視点とは、こういうところにあるのかもしれません。
相手の行動だけを見るのではなく、その人がどんな環境の中にいて、何を感じ、何に傷つき、どんなふうに世界を受け取っていたのかを考えること。
それは簡単なことではありません。
私自身も、いつもできているわけではありません。
それでも、誰かの困りごとや生きづらさに向き合うとき、表面に出ている出来事だけで判断しない自分でありたいと思います。
その人が認識している構図を理解すること。
本人に見えている世界を想像しようとすること。
そのうえで、必要なことを丁寧に伝えていくこと。
それは、私がこれから大切にしていきたいケアの視点の一つです。















サトシさん コメント嬉しいです。 そういっていただき有難うございます。 「諦観」…