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「それって結局ポジティブだよね?」という違和感から

「ネガティブな自分も必要なんだよ」

この言葉に、私は以前からどこか引っかかりを感じていました。

一見すると、やさしい言葉です。
ネガティブな感情を否定せず、受け止めようとする姿勢にも見えます。

けれど同時に、
それって結局、ポジティブに回収していないだろうか
そんな違和感が拭えませんでした。

「ネガティブだけど、それも大切」
「つらいけど、意味がある」

その言い方の奥に、
どこかで「最終的には肯定に持っていこう」とする力が
働いてはいないだろうか。

その問いが、今回の出発点です。

ポジティブでもネガティブでもない姿勢

考えていくうちに、
私は一つの地点に行き着きました。

それは、
ポジティブな自分も、ネガティブな自分も、
どちらも評価せずに受け止める姿勢です。

この姿勢そのものは、
ポジティブでもネガティブでもありません。

ただ、そのときの感情をそのまま感じ、
「今、こう感じている」と気づくこと。

たとえば、
「今、ネガティブだな」と感じて、気づく。

そこに、

ネガティブだな、良くないな

ネガティブだな、それも必要だよな

といった言葉を、あえて付け足さない。

評価も、意味づけも、正当化もせず、
ただ気づくところで立ち止まる。

その態度は、
ポジティブに向かうための途中段階ではなく、
それ自体が一つの在り方なのだと感じるようになりました。

評価しないことは、無責任ではない

ここで、もう一つ大切な点があります。

評価しないということは、無責任とは違う
ということです。

評価しないと聞くと、
放っておくこと、関わらないこと、
距離を取ることのように思われるかもしれません。

けれど、私が感じている「評価しない」は、
むしろその逆です。

友達の悩みを聴くときの態度

たとえば、友達が勇気を出して悩みを話してくれたとき。

敬意を持って聴くとは、
「それってこういうことでしょ」と
自分の言葉で再解釈することではないと思います。

話してくれた言葉を、そのまま大切にすること。
「それはいいね」「それは良くないね」と
評価で片づけないこと。

分かったつもりにならず、
正しさを示そうとせず、
ただ、その語りに耳を傾ける。

そこには、無関心ではなく、
深い関与と敬意があります。

評価しないとは、
相手を軽く扱わないという選択なのだと思います。

聴く態度を、自分に向ける

そして私は、
この態度を自分自身にも向けられるのではないか、
と思うようになりました。

自分の中に浮かんだ感情を、

すぐに言い換えない

すぐに意味づけしない

すぐに良し悪しで判断しない

まるで、
大切な友達の話を聴くように、
自分の感情の言葉に耳を澄ます。

「今、ネガティブだな」
そう気づいた自分を、
説得もせず、励ましもせず、
ただそのまま尊重する。

評価しないとは、
自分を甘やかすことでも、
放置することでもありません。

自分を、一人の語り手として敬意をもって扱うこと
なのだと、今は感じています。

最初の違和感に戻って

「ネガティブな自分も必要なんだよ」
という言葉に感じた、あの最初の違和感。

それは、
ネガティブを否定していたからではなく、
ネガティブさえも肯定に回収しようとする動きに
引っかかっていたのだと思います。

ネガティブであってもいい。
でも、それを
「いい」「必要」「意味がある」と
言わなくてもいい。

ただ、
「今、そう感じている」と気づくこと。

その場所に立つことが、
ポジティブでもネガティブでもない、
もう一つの大切な姿勢なのではないか。

そんなふうに、今は考えています。

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