第3回 一本の物差しから離れる練習 ― 質と方向で世界を見る
こんにちは。「比べる心を紐解く。」第3回です。
これまで私たちは、世界が一本の物差しに押し縮められてしまう「スカラー化」と、
その背後にある心の構造を見てきました。
今回は、その物差しからそっと距離を置き、
「別の見方」を手に入れるための回です。
比べる自分を責める必要はありません。
比較は心が世界を理解しようとするときに自然と働く仕組みでもあります。
大切なのは、比較の衝動と上手に付き合いながら、
世界の多次元性を少しずつ取り戻していくことです。
スカラーを見る世界と、ベクトルを見る世界
私たちはつい、「量」で世界をとらえようとします。
- どれくらいできたか
- 他の人より早いか遅いか
- どれだけ成果を出せたか
これらはすべて、スカラー的な「量の世界」です。
量は比べやすいので、私たちは自然とそこに引き寄せられてしまいます。
しかし、スカラーしか見えない世界は、とても窮屈です。
世界の奥行きや質感、向きが見えなくなってしまうからです。
一方、ベクトルで世界を見るということは、
- 「どれくらい」ではなく「どちらに向かっているか」
- 「速さ」よりも「意図」や「質」に注目すること
を意味します。
たとえば同じ「走る」という行為でも、
- ゴールに向かうのか
- 誰かを追いかけるのか
- 誰かと並走するのか
それぞれ意味がまったく違います。
量が同じでも、向きが違えば、経験の本質は別物になります。
大人の日常も、本当はベクトルでできている
量だけでは語れないことは、子どもの発達だけではありません。
私たち大人の日常も、実はベクトルの集合体です。
- Aさんは「発信する方向」に力が向いている
- Bさんは「聞く方向」が豊か
- Cさんは「内側を探求する方向」に深さがある
本来は全員が違う向きに矢印を伸ばして暮らしています。
にもかかわらず、私たちはその矢印を全部一本の軸に押し込めてしまい、
- どちらが優れているか
- どちらが「勝っているか」
- 誰が「上か下か」
と比べてしまうのです。
これは、違う座標にいる矢印を無理やり重ねてしまう行為であり、
そもそも成立しない比較なのかもしれません。
一人・二人・三人で「次元が変わる」
世界が多次元であることは、対話の場を見るとさらに分かりやすくなります。
一人での気づき
ひとつのベクトルを伸ばしていくようなもの。
自分の中の方向性が深まります。
二人の対話
お互いのベクトルが交差し、新しい向きが生まれます。
1+1が2ではなく、まったく別の方向へ展開していきます。
次元が一段変わる瞬間です。
三人の場
二人では生まれなかった角度の対話が起き、
複数の矢印が張り巡らされた「空間」が立ち上がります。
ここには、スカラーでは絶対に捉えられない創発があります。
このように、「次元の変化」は量では測れません。
向きや質の違いを理解する視点が必要になります。
一本の物差しを手放すための小さな練習
いきなり「比べない」を目指す必要はありません。
代わりに、比べる心が動き出したとき、
そっと「別の見方」を差し込むことができます。
練習1:「方向」を書き出してみる
比較してしまったとき、
「その人と自分は、どんな方向の違いがあるのか?」と考えてみます。
例:
「私はAさんより劣っている」 →
「Aさんは『発信方向』が強い。私は『深掘り方向』に向いている。」
方向の違いが見えると、比較の衝動は弱まります。
練習2:量の言葉を、質の言葉に置き換える
- 速い → 丁寧
- 多い → 深い
- うまい → 安心できる
- 目立つ → 柔らかい
スカラー語を質の語に変換すると、世界が再び立体的に見えてきます。
練習3:一本の軸以外の「もう一本」をつくる
仕事でも発達でも対話でも、一本の物差しだけで測られると、とても苦しくなります。
そこで、「自分が大切にしたい軸」をもう一本書き足してみます。
例:
- 成果の軸 × 丁寧さの軸
- 早さの軸 × 安心感の軸
これだけで、世界は二次元に広がり、比較の性質が変わります。
おわりに ― 多次元に気づくと、世界は静かに色づき始める
世界は本来、多方向のベクトルが交差する豊かな場です。
それを一本の線にしてしまうのは、心が不安や複雑さから身を守るためでした。
しかし、一本の物差しだけで世界を見つめ続けると、色が抜け落ちてしまいます。
自分の矢印の向きも、相手の矢印の向きも見失ってしまいます。
少しずつで構いません。
量ではなく「質」や「方向」を見る視点を取り戻すこと。
その瞬間、世界は再び立体的に見え始め、
比べる心が静かにほどけていくのだと思います。
次回は、多次元的な視点を実際の生活や人間関係にどう活かしていくかについて、
もう少し具体的な例を通して考えていきたいと思います。

















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