人はそれぞれに違いを抱えて生きている。
価値観も、経験も、痛みも、願いも違う。
ときに、その違いがすれ違いを生み、
相容れない思いが交差することもある。

だけれど、それでも私は思う。
違いの中で共にありたいと。

自分の正義を手放すわけではない。
けれど、それを振りかざすのではなく、
相手の正義と出会いなおす勇気を持ちたい。

包摂とは、「迎え入れる」ことではなく、
「共に場をつくる」こと
誰かを包もうと手を広げたとき、
その背後で誰かを押し出してしまっていないか。
私は、その問いを忘れたくない。

包摂の名のもとに生まれる排除に、
無自覚でいたくない。
私は、包摂の「循環」を信じたい。
誰かが誰かを迎え入れ、
迎え入れられた人が、また別の誰かを迎え入れる。
そうやって生まれるまなざしの連鎖の中で、
私もまた、その一員として輝きたい。

違いは、怖れの源ではなく、豊かさの源泉。
だから私は、今日も祈るように願う。
違いの中で、共にあれますように。