「わからないことがあったら、すぐに聞きなさい」
仕事でよく言われる言葉です。わからないままにしておくより、確認した方が早いし、ミスも減らせる。効率の面でも、学びの面でも、それは間違いなく正しいアドバイスです。

でも最近、私はふと思いました。
この「わかりません」と言える姿勢は、仕事に限らず、人間関係の中でもとても大事なものではないか、と。

察することと、聞くことのあいだで

友人と話すとき、言葉にせずとも通じ合っている感覚に安心することがあります。相手の気持ちをなんとなく察して、わかった気になる。
でも、それがうまくいかないときもある。むしろ、誤解が生まれたり、言葉にしてほしかった思いを置き去りにしてしまったりすることもある。

そんなとき、ちょっと勇気を出して「ごめん、私、今うまく受け止められてないかも」とか、「どう思ってるか、教えてくれる?」と言えるかどうか。
それが、信頼を深めるきっかけになるように思うのです。

「わかってるつもり」で終わらせず、「本当はわかってないかもしれない」と自分を開いて、相手に尋ねてみる。
わからなさを認めることは、怖くもあるけれど、誠実さのあらわれでもあります。

子どもとのやりとりの中で

子どもが小さい頃、「なんで?」「どうして?」と矢継ぎ早に質問してくることがあります。あの尽きない好奇心は、まるで泉のようです。
最初のうちは一生懸命に答えていても、気づけば「うーん、それは私もわからない」と返す場面が増えてくる――そんな経験、きっと多くの人にあるのではないでしょうか。

もちろん、調べればすぐに答えは出ます。スマホに向かって聞けば、たいていのことは返ってくる。
でも、それでいいんだろうかと、考えるようになりました。

子どもは、ただ答えが欲しくて聞いているだけではないのかもしれない。
「なんでだろうね?」と一緒に考えたり、「むずかしいねえ」と顔を見合わせたりする中に、学びの芽が育っていく気がしたのです。

そしてもうひとつ。
「大人だって、わからないことがある」ということを、子ども自身が感じ取っていくことも、すごく大事なことなのではないかと。
わからないままでも、誰かと一緒に考えられる。それだけで、安心できる世界が広がる気がします。

「わからない」から始まるつながり

私たちは、ときに「わからない自分」を隠したくなります。
知らないと思われたくないし、恥ずかしい気持ちもある。

でも本当は、そこからが始まりなのかもしれません。
「わからないけど、知りたい」「伝わらないけれど、近づきたい」
そんなふうに手を伸ばすことこそ、人と人とのつながりの入口になる。

そして、それは自分自身とのつながりにも通じているのだと思います。
「わからない」自分を責めずに、そのままの自分に「それでいいよ」と言ってあげられたとき、人は少しずつ整っていくのではないでしょうか。

最後に

「わからない」と言えることは、弱さではなく、強さだと思います。
その強さは、自分を開き、相手を信じる力でもあります。

わかっているふりをせず、わからないときには、わからないと言ってみる。
その一歩が、誰かとの関係を、そして自分自身との関係を、よりあたたかいものにしてくれるかもしれません。