希望の芽を育ててゆく

最近、自分の中で大切に育ててきた小さな芽が、少しずつしっかりした幹を持ちはじめてきたように感じています。
最初は、本当に小さな芽でした。
統合失調症を発症した頃の私は、ただただ苦しくて、
「どうして自分にこんなことが起きたんだろう」
「このつらさに何の意味があるんだろう」
と、何度も思っていました。
その頃は、意味なんてまったくわかりませんでした。
つらいものはつらい。
苦しいものは苦しい。
それ以上でも、それ以下でもありませんでした。
でも今は、少し違う見方をしています。
あの経験にも、たしかに意味があった。
そう思えるようになってきました。
もちろん、今まさにつらい状況にいる仲間に向かって、
「病気になってよかったよ」
なんて、私はとても言えません。
そんなふうに簡単に言えるものではないと思っています。
ただ、こうは伝えたいのです。
その経験は、きっとあなたに何かをもたらす。
そして、その意味は、あなた自身が少しずつ見つけていけるものなんだよ、と。
過去に起きた事実は変えられません。
でも、その出来事をどう受け止めるか。
どんな意味を見つけていくか。
その解釈は、少しずつ変えていけるのだと思います。
苦しかった経験が、誰かの苦しみに気づく力になるかもしれません。
遠回りした時間が、自分らしい生き方を考えるきっかけになるかもしれません。
失ったと思っていたものの中に、あとから小さな希望を見つけることもあるかもしれません。
だから私は、小さな小さな芽を見つけていきたいです。
ほんの少し前を向けた日。
誰かの言葉に救われた瞬間。
もう一度やってみようと思えた気持ち。
そういう小さな芽を、ひとつずつ見つけて、大切に育てていきたいです。
希望は、いきなり大きな木になるものではないのだと思います。
最初は本当に小さくて、見落としてしまいそうなものです。
でも、その芽に気づいて、水をあげて、少しずつ育てていけば、いつか自分を支えてくれる幹になるのかもしれません。
これからも、私は希望の芽を育てていきたいです。
そして、今つらい思いをしている誰かにも、こう伝えたいです。
あなたの中にも、きっと小さな芽があります。
焦らなくていいから、その芽を一緒に見つけて、大切に育てていけたらいいですね。















サトシさん コメント嬉しいです。 そういっていただき有難うございます。 「諦観」…